突然自死遺族になり、それから丸7年が過ぎました。
当時は、じし遺族の方のブログを色々と検索していました。
持って行き場のない気持ちを抱えて、どうしようもなかった頃。
今なら、少し落ち着いて振り返れるような気がします。
じし遺族 大切な人を亡くしたとき
2016年2月に住んでいたマンションで縊死した長女。
社会人1年生で躓いてしまいました。
当時は、長女をうしなったショックが大きすぎて、私は
「自分は立ち直ることができるのだろうか?」
「自分も長女と同じようなこと(自死)をしてしまわないだろうか?」
「人からどう思われるんだろう…。」等々、
色んなことが頭の中を巡っていました。
じし遺族の方のブログを見て、
「みんな、つらいんだなぁ…。」とパソコン画面を見ながら、ひとりボ~っとしていたことを思い出します。
コロナ禍もあり、当時と比べて今は、オンラインでの相談窓口とかカウンセリングなどが増えていて、話を聞いてもらえる、自分に合った色々な方法を探せるのはいいですね。
最初はなかなか、気持ちの整理がつかない日が多くて、つらいと思います。
立ち直れたかと思うと、また悲しくてどうしようもない日があったり…。
身近な人の死のストレスは、相当なものです。しかも、全く予期していない自分の子どもの死…。受け容れがたい、本当に納得できない思いでした。
大きすぎるショックを抱えて、やりきれない。それでも、時間の経過と共に、だんだんと癒えていったのだと思います。
四十九日、納骨、初盆、一周忌、三回忌と、ひとつ終わる度に、ひと区切りつけていったという気持ちでしょうか。あきらめたという感じだったかもしれません。
じし遺族 つらいとき 宇多田ヒカルが先生?
私は、宇多田ヒカルさんのことが大好きなんです。
彼女も、じし遺族ですが、暗いところを全く感じさせません。
それどころか、様々なことを乗り越えて、今すごく輝いています。(彼女は、超えるのではなく、(つらいこと)それもひとつの心象風景だと受けとめる、と語られていますが…)
その姿が、とても頼もしくて心強いんです。見ているとすごく勇気づけられます。
あんな風になりたい…。
私の中で勝手に、宇多田ヒカルさんが心の師となっています。
じし遺族 ヒッキーみたいになりたい。
宇多田ヒカルさんが特別な人だから、色々なことが乗り越えられたのでしょうか?
私はもしかしたら、だれでも宇多田ヒカルさんのようになれる可能性があるのでは?と思っています。
ヒッキーは、途方もない数の自問自答を繰り返したようです。もちろん、専門家のサポートを受けてのことだと思いますが…。
ひとは、人に教えてもらった答えでは納得できないようです。
だから、自分なりの答えを、自分で見つけ出さなければ、先に進めないのだと思います。
大切な人を亡くしたときは、〝生きること〟が、わからなくなってしまいます。
私も、どう生きていったらいいのか、方向を見失った感じがしました。
身内の自死を受け容れるのは、ほんとに気がおかしくなるくらい、つらく苦しくて耐え難いことです。
でもその答えは、宇多田ヒカルさんの中に全部つまっているように感じています。
私は、宇多田ヒカルさんの歌や著作、インタビューやTwitter、Instagramなどから、
これ、ヒッキーがまたすごいこと言ってるよー(@@;)ということを集めてきて、
発信できたらと思います。ヒッキーみたいになりたい!様々なことを乗り越えて、いつもあんな風に笑っていたいです。
まとめ
じし遺族 大切な人を亡くしたとき 最初はなかなか、気持ちの整理がつかない日が多くて、つらい。
じし遺族 つらいとき 宇多田ヒカルが先生? 私の中で、勝手に宇多田ヒカルさんが心の師。
じし遺族 ヒッキーみたいになりたい。様々なことを乗り越えて、いつもあんな風に笑っていたい。
コメント