幼い頃から両親の仕事の関係で、東京とニューヨークを頻繁に行き来していたという宇多田ヒカルさん。
母の藤圭子さんに突然「ニューヨークに行くわよ。」と言われ、いきなり転校することもあったといいますから、子ども時代はかなり特殊な環境で育ったようです。
宇多田ヒカルさんが幼い頃から母・藤圭子さんの感情の起伏は激しく、かなり不安定な状態だったようですから、家族は本当に大変だったと思われます。
けれど、宇多田ヒカルさんのすごさは、そんな母・藤圭子さんをいつもありのまま受け容れようとしたことではなかったでしょうか。
宇多田ヒカルすごさ 母への想い
母・藤圭子さんといえば、有名なのは2006年にニューヨークのケネディ空港で約4,900万円にも上る多額の現金を没収される騒動があったことですね。
ご本人はこの時、「カジノの利用者が大金を持ち歩くのは当たり前。5年間で5億円は使った」と言われていたそうですから、その太っ腹さ加減が分かりますね。
でもこれは結局、2009年になって事件性がないとして、全額返還されたんだそうです。自由な藤圭子さんらしいエピソードですね。
2013年8月に藤圭子さんが亡くなった数日後、宇多田ヒカルさんは自身の公式サイトで次のようなコメントを出されています。
「8月22日の朝」
8月22日の朝、私の母は自ら命を絶ちました。
様々な憶測が飛び交っているようなので、少しここでお話をさせてください。
彼女はとても長い間、精神の病に苦しめられていました。その性質上、本人の意志で治療を受けることは非常に難しく、家族としてどうしたらいいのか、何が彼女のために一番良いのか、ずっと悩んでいました。
幼い頃から、母の病気が進行していくのを見ていました。症状の悪化とともに、家族も含め人間に対する不信感は増す一方で、現実と妄想の区別が曖昧になり、彼女は自身の感情や行動のコントロールを失っていきました。私はただ翻弄されるばかりで、何も出来ませんでした。
母が長年の苦しみから解放されたことを願う反面、彼女の最後の行為は、あまりに悲しく、後悔の念が募るばかりです。
誤解されることの多い彼女でしたが…
とても怖がりのくせに鼻っ柱が強く、正義感にあふれ、笑うことが大好きで、頭の回転が早くて、子供のように衝動的で危うく、おっちょこちょいで放っておけない、誰よりもかわいらしい人でした。悲しい記憶が多いのに、母を思う時心に浮かぶのは、笑っている彼女です。
母の娘であることを誇りに思います。彼女に出会えたことに感謝の気持ちでいっぱいです。
沢山の暖かいお言葉を頂き、多くの人に支えられていることを実感しています。ありがとうございました。
母・藤圭子さんへの深い愛を感じるコメントですね。
宇多田ヒカルすごさ 母 大切な人を失っても何度も立ち上がる
2016年に発表された「真夏の通り雨」に、最初から最後まで、大切な人・母・藤圭子さんを失った慟哭が表現されていると感じた人は多かったのではないでしょうか。
母・藤圭子さんの強い遺志で、通夜・葬儀・納骨はされなかったそうです。宇多田ヒカルさんはツイッターで次のように発信されています。
自死遺族の方々によるブログをハシゴしてたら今がお彼岸だと知った。春分の日の今日はお彼岸中日か。母の遺骨は本人の希望通り散骨して、どこにもお墓はないから、お墓参りしたい時どうしたらいいのかな。海が見える所に行きたいな。
— 宇多田ヒカル (@utadahikaru) March 19, 2016
あぁ、海への散骨だったから、あの歌詞になったのか…、という曲がいくつか浮かびます…。
「真夏の通り雨」のMVでも、大切な人を海に見送った世界観が伝わってきます。
「真夏の通り雨」の中で、「自由になる 自由がある」という歌詞があります。
近親者の自死を経験した者には、深く考えさせられる一節です。
確かに誰にも自由になる自由はある。けれどあなたを失って、私は悲しい、耐え難く悲しい、悲しい…という気持ちが「真夏の通り雨」の最後のリフレインからヒシヒシと伝わってきます。
大切な人を失った悲しみは、なかなか言葉にならず、苦しい思いばかりがつのりますが、
宇多田ヒカルさんがそれをこれ以上ないくらいリアルに表現して、あの〝声〟で歌い上げてくれることに救われた方も多いのではないでしょうか。
同時期に発表された「花束を君に」では、同じ母・藤圭子さんへの思いであると言われながら、こちらはすごく柔らかい明るいイメージの曲になっています。
私は、陰陽がセットになったような、この「真夏の通り雨」と「花束を君に」を交互に聴き続けながら、一日中ボーっと過ごしていた時期があります。
宇多田ヒカルさんの歌に、悲しみを代弁してもらいながら、泣いた経験のある人は意外に多いのではないでしょうか。
どれだけつらい思いをしても、それを音楽で表現して昇華させてしまう宇多田ヒカルさん。彼女を尊敬せずにはいられません。
まとめ
宇多田ヒカルすごさ どんな母・藤圭子さんもありのまま受け容れようとしたこと。
宇多田ヒカルすごさ 最愛の母・藤圭子さんを失っても音楽で表現し尽くして昇華させてしまうこと。そして当時、家族の尊厳を守り抜くために何度も矢面に立ち、発信し続けたこと。今、思い出しでも涙が出そうになります。
「BADモード」の中に「2度とあんな思いはしないと祈るしかないか」という歌詞があります。
「ほんとだよね。」と、思わず返事をしたくなります。
たくさんの苦労は全く感じさせず、最近の宇多田ヒカルさんは、本当に堂々と楽しそうに笑っています。
その様子とあの声に、これからもたくさんのパワーをもらえそうですね!
2023年1月19日に40歳を迎える宇多田ヒカルさん。当日は21時からネットイベント 「40代はいろいろ♫」が開催されます。
今後とも世界で活躍される宇多田ヒカルさんに期待大ですね!
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