宇多田ヒカル 父 ジェントルマンの理由

現在は、イギリス(ロンドン)にお住いの宇多田ヒカルさん。

日本にいる、父・照實(てるざね)さんとは、離れて暮らしています。

高齢のため、なにかと心配なこともあるかと思いますが、ネットが進んだ現代は、様々な形で交流されているのかもしれませんね。

今回は、宇多田ヒカルさんの若い頃、父・照實さんとのエピソードを集めてみました。

宇多田ヒカル 父 ジェントルマンの理由 1

(小さい頃)エレベーター乗ったときに、
ちょっと高級っぽかったから
エレベーターボーイがいたんですけど、
小さなオナラしちゃって…。
音からしていかにも私だったんだけれども。
そんな私の恥ずかしい気持ちを察してくれた
お父さんが「失礼」って
ひと言いってくれたっていうことがありました。
「サンキュー父!」みたいな。
「あのご恩は一生忘れないぜ!」っていう感じですね。

点-ten- 宇多田ヒカル p466 ~日本テレビ系「AX」(2001年2月)~

めっちゃカッコイイですね!父・照實(てるざね)さん。

実際に何歳くらいの時の話なのかはわかりませんでしたが、小さい宇多田ヒカルさんを、一人前の女性のように扱ってくれた神対応!素敵ですね♪

宇多田ヒカル 父 ジェントルマンの理由 2

宇多田ヒカルさんがニューヨークに住んでいた頃、「漢字の勉強がしたい」と言えば、父・照實さんは手作りのドリルを作ってくれたんだそう。

また、学校への送り迎えなども照實さんがしてくれたそうです。

宇多田ヒカルさんは、歌詞を書くことで、自分の恋の経過が(両親に)バレバレだったと言われています。

あのデビュー曲、「Automatic」は、恋をしてラブラブな時に出来た歌なんだとか。

そして2nd シングル「Movin’ on without you」は、その恋が終わった時期に書いた歌だったそうです。

レコーディングで苦労したのは、恋をしている時に書いた歌詞を、失恋したすぐ後に歌入れしなくちゃいけなかったことだな(笑)

点-ten- 宇多田ヒカル P038

これは、「Automatic」のレコーディングのことを言っているのでしょうか。

そんな切ない気持ちの時にも、いつも父・照實さんが後ろで見守っていたのかもしれませんね。なんだか羨ましいですね。

宇多田ヒカルさんは、ずっと英語で歌詞を書いていたそうで、日本語で歌詞を書き始めたのはデビューする約1年前の14歳の頃からだったそうです。

当時、ご両親に「これって意味通じる?」「変じゃない?」なんて日本語での表現を確認していたんだとか。

父・照實さんに「こんなことをもし彼女に言われたらどう思う?」なんて質問もしていたのだそうですよ。

その時、照實さんはどんな気持ちで受け答えされていたんでしょう。躊躇しつつも、(いっちょ前のこと聞きやがって…)なんて、照れるような誇らしいような気持ちを感じていたのかもしれませんね。

宇多田ヒカル 父 ジェントルマンの理由 3

デビュー当時の取材現場などでは、父・照實さんも同席し、「これは日本語だと何て言うの?」「この単語は日本語では何?」などのヒカルさんの英語での質問に、照實さんも英語で日本語の正しい言い回しを答えていたそうです。

彼女にとって、まだまだ不慣れな取材で、自分よりもかなり年上の大人達ばかりに囲まれている環境の中でも、傍らにはいつも父・照實さんがいて、その全面的なサポートがあったということですね。

今や全世界で1000万枚を超える勢いを誇るfirstアルバム 「First Love」 に収められた11曲は宇多田ヒカルさんが14歳の終わりから15歳の終わりまでの約1年間に書いた楽曲なんだそうです。

それ以前は、全て英語詩の作品だったため、当時東芝 Emiのプロデューサー三宅彰氏と父・照實氏に勧められ15歳になる直前の97年の11月頃から日本語詩の作品を書き始めたそう。

日本でデビューするにあたり、所属事務所となるU 3ミュージック社長の父・照實氏から東芝 Emi (当時)サイドに提示した条件の中には、

「宇多田ヒカルが自由に音楽制作ができる環境を作ること」

「また彼女は自由に曲や歌詞を作り、その出来上がったものに対しては第三者が手を加えないこと」という条件があったのだとか。

父・照實氏の、シンガーソングライターとしての宇多田ヒカルさんの才能を開花させる!という信念を感じますね。そのためにも万全の体制を整えたかったのでしょうね。

様々な困難を超えてきた宇多田ヒカルさんの背景には、かけがえのない父・照實さんの存在があったのですね。

宇多田ヒカルさんを大きな大きな愛で支え続けた父・照實さん。ほんとになんてジェントルマンな方なんでしょう。ジ~ンときました~。

まとめ

宇多田ヒカル 父 ジェントルマンの理由 1 神対応!「オナラのフォロー」

宇多田ヒカル 父 ジェントルマンの理由 2 デビュー前に父・照實さんは、宇多田ヒカルさんの才能が日本でちゃんと花開くように、最善の努力をした。

宇多田ヒカル 父 ジェントルマンの理由 3 デビュー後も、様々な困難を超えた背景にかけがえのない父・照實さんの存在があった。

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